−遊書で奏でるものがたり−助産婦さんとの出逢い
6年も前になりますが、【 遊書で奏でるものがたり】という
32種類のポストカードの作品を創りました。カードだけど、
一枚一枚がそれぞれのものがたりになっています。
それはこんな物語りです。
___________________________
ある日、一人の少女が風と星をさがす旅にでた。
本当に見つけたかったのは自分自身。
なぜ生きていくのか。私として生まれてきたこと。
それは自分自身をさがす心の旅。
ただただ風のゆく方向へ歩いた。青い草の中、ずっとずっと歩いた。
三百年生きた木が教えてくれた。大きな空を仰いだ。土の温もりを感じた。
月明かりを道しるべに歩いた。心震えるような星空に願いをかけた。
一番知りたかったこと、風が教えてくれた。
風と星をびんに詰め込んだら、
さぁ、 次吹く風と共に歩き出そうか。
________________________
ちょっと前に書いたお姉ちゃんの出産の時の助産婦さんとのお話し。お姉ちゃんは今回、どうしても助産院で産みたいと、いろいろ調べて地元のある助産院さんで産む事を決めました。
数ヶ月前の一番最初の診察の時。お姉ちゃんはその助産院さんの壁に私の作品、遊書で奏でるものがたりのポストカードが額に入れられ飾られているのを見つけ、「あ!果澄のだ!」と。
それにびっくりした助産婦さんに「これ描いたの、妹なんです。」と話したところ、驚きとても喜んでくれたそうです。
その助産婦さんはそのカードだけではなく他の種類もたくさん持っていて下さって、(他の方に『先生貼り過ぎです!』って言われるくらい。飾ってくれてたそうです。笑)
そして何かある事に、いろいろな人に私の作品を贈ってくれてたそうです。
時には、あんなにも苦しみながら命がけで産んだ赤ちゃんと出産後には別れなければならなかった方がいたそうです。その方にも私の作品の言葉を選んで贈って、その方は大事に大事にその作品を抱えていってくれたという話も聞きました。
そして「私いつか絶対、絶対!これを描いた人に会ってみせる!」って、
そんな風に想ってくれてたそうです。
診察を終えて家に帰ってきて、そんな話を教えてくれたんです。
「この作品いろんな人を支えてますよ」って、言ってくれてたんだよ、って聞いて、
ちょうど暗黒面的な時期に入ってた私は、その話を聞いたらもう涙がぼろっっぼろぽろぼろっぼろっ(;_;)止まらなくて。
命が産まれる場所で、そんな風に自分の作品がある、
そんな風に想ってもらえてる、
今のままで自分の想ったまま作品を創りなさいと
言ってもらえてるのかなって、そのとき思いました。
その助産婦さんが私の作品を知ってくれたのは、
今の助産院を立ち上げたばかりの頃、いろいろとやはり大変で苦労の中、ふっとあるお店で私のカードを見つけてくれたそうです。
そのカードの中の『委』という作品を見つけてくれたそうです。
この作品は、一文字大きな遊書(漢字)と文章と絵を添えた作品になっています。
-委-委ねる(ゆだねる)
そこに書いた言葉は、
『空回りばかりして失敗ばかり。
頑張っても頑張っても、もう自分ではどうすることも出来なくなったら、その時は、
全てを天に委ねてみてもいいんじゃないか。』
と書きました。女の子はゆったり肩の力を抜いたように森の中の木のブランコで目を瞑り、天に委ねようと、そんな
風な絵を描きました。
(ごめんなさぃ、、、写真ぼけました。。。。._.;)
助産婦さんはそれをみて、その時大変な状況だったけど、
『委ねよう』
そう思ってくれたそうです。
この話はお姉ちゃんが出産後、けっこうつい最近聞けました。
もちろんお姉ちゃんが出産の時に助産婦さんと出逢えましたょ^^
お姉ちゃんが
新しい命を産む場所で自分の作品があって、
そして自分も今回その出産に立ち会えて、その助産婦さんと出逢えて全てが偶然ではなく縁で繋がっていたんですね。
昨日、お姉ちゃんたちは帰って行ってしまいました。。。
2ヶ月半、黎くんが家にいて一日中家中を走り回っていたので、
今は不思議なくらい家が静かで、、、なんか変です。。。
さおちゃん、本当にありがとう。
命が産まれる瞬間に立ち会えたこともそうだし、
なにより家にいてくれて逆にとても支えてもらえました。
今、あの日のことを絵に描いてるので富良野で
見てもらえると嬉しいな^^
まだまだ全然頼りない妹だけど、
これからも家族、姉妹支え合っていきていこうね。
32種類のポストカードの作品を創りました。カードだけど、
一枚一枚がそれぞれのものがたりになっています。
それはこんな物語りです。
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ある日、一人の少女が風と星をさがす旅にでた。
本当に見つけたかったのは自分自身。
なぜ生きていくのか。私として生まれてきたこと。
それは自分自身をさがす心の旅。
ただただ風のゆく方向へ歩いた。青い草の中、ずっとずっと歩いた。
三百年生きた木が教えてくれた。大きな空を仰いだ。土の温もりを感じた。
月明かりを道しるべに歩いた。心震えるような星空に願いをかけた。
一番知りたかったこと、風が教えてくれた。
風と星をびんに詰め込んだら、
さぁ、 次吹く風と共に歩き出そうか。
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ちょっと前に書いたお姉ちゃんの出産の時の助産婦さんとのお話し。お姉ちゃんは今回、どうしても助産院で産みたいと、いろいろ調べて地元のある助産院さんで産む事を決めました。
数ヶ月前の一番最初の診察の時。お姉ちゃんはその助産院さんの壁に私の作品、遊書で奏でるものがたりのポストカードが額に入れられ飾られているのを見つけ、「あ!果澄のだ!」と。
それにびっくりした助産婦さんに「これ描いたの、妹なんです。」と話したところ、驚きとても喜んでくれたそうです。
その助産婦さんはそのカードだけではなく他の種類もたくさん持っていて下さって、(他の方に『先生貼り過ぎです!』って言われるくらい。飾ってくれてたそうです。笑)
そして何かある事に、いろいろな人に私の作品を贈ってくれてたそうです。
時には、あんなにも苦しみながら命がけで産んだ赤ちゃんと出産後には別れなければならなかった方がいたそうです。その方にも私の作品の言葉を選んで贈って、その方は大事に大事にその作品を抱えていってくれたという話も聞きました。
そして「私いつか絶対、絶対!これを描いた人に会ってみせる!」って、
そんな風に想ってくれてたそうです。
診察を終えて家に帰ってきて、そんな話を教えてくれたんです。
「この作品いろんな人を支えてますよ」って、言ってくれてたんだよ、って聞いて、
ちょうど暗黒面的な時期に入ってた私は、その話を聞いたらもう涙がぼろっっぼろぽろぼろっぼろっ(;_;)止まらなくて。
命が産まれる場所で、そんな風に自分の作品がある、
そんな風に想ってもらえてる、
今のままで自分の想ったまま作品を創りなさいと
言ってもらえてるのかなって、そのとき思いました。
その助産婦さんが私の作品を知ってくれたのは、
今の助産院を立ち上げたばかりの頃、いろいろとやはり大変で苦労の中、ふっとあるお店で私のカードを見つけてくれたそうです。
そのカードの中の『委』という作品を見つけてくれたそうです。
この作品は、一文字大きな遊書(漢字)と文章と絵を添えた作品になっています。
-委-委ねる(ゆだねる)
そこに書いた言葉は、
『空回りばかりして失敗ばかり。
頑張っても頑張っても、もう自分ではどうすることも出来なくなったら、その時は、
全てを天に委ねてみてもいいんじゃないか。』
と書きました。女の子はゆったり肩の力を抜いたように森の中の木のブランコで目を瞑り、天に委ねようと、そんな
風な絵を描きました。
(ごめんなさぃ、、、写真ぼけました。。。。._.;)
助産婦さんはそれをみて、その時大変な状況だったけど、
『委ねよう』
そう思ってくれたそうです。
この話はお姉ちゃんが出産後、けっこうつい最近聞けました。
もちろんお姉ちゃんが出産の時に助産婦さんと出逢えましたょ^^
お姉ちゃんが
新しい命を産む場所で自分の作品があって、
そして自分も今回その出産に立ち会えて、その助産婦さんと出逢えて全てが偶然ではなく縁で繋がっていたんですね。
昨日、お姉ちゃんたちは帰って行ってしまいました。。。
2ヶ月半、黎くんが家にいて一日中家中を走り回っていたので、
今は不思議なくらい家が静かで、、、なんか変です。。。
さおちゃん、本当にありがとう。
命が産まれる瞬間に立ち会えたこともそうだし、
なにより家にいてくれて逆にとても支えてもらえました。
今、あの日のことを絵に描いてるので富良野で
見てもらえると嬉しいな^^
まだまだ全然頼りない妹だけど、
これからも家族、姉妹支え合っていきていこうね。
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